終わらない日々。 担当:オシム

なにをしても上手くいかないときがある。
何がだめなのか、なにがいつもとちがうのか。


体調が良くないのだろうか、一週間を半ばも過ぎていない曜日だからだろうか。
星占いが最下位だったのかもしれない‥


いろんな理由を当てはめてみてもなかなか答えは見つからない。


ただ、なにをしてもだめな自分しか見えてこない。
それだけだ。


そんな時、わたしはいつも19歳のときの自分を思い出す。


大学一年生の、19歳になりたての頃。
テストが終わり、初めての長い休み。
わたしははじめて「挫折」を味わった。


きっかけは大したことではない。
飲食店のホールスタッフとしてアルバイトを始めて1年が経ち、
オープニングスタッフだった私は、
すでにその仕事内容から新たに学ぶことは無かった。


長い休みの間は部活もなく、アルバイトも存分にやる予定。
せっかくやるなら新しいことを覚えたい。
私は以前から、調理場での仕事に興味があった。
もともと料理は好きだったし、目的もあった。


そこで料理長に打診し、「やればいーじゃん」の一声を受け、
調理場に入れてもらうこととなった。


調理場の仕事はもちろん今までのホールの仕事とは違い、
全く新しい仕事ばかりだったので、覚えることがとても楽しかった。


朝は夜の仕込みと皿洗い、昼の時間はランチタイムの営業、
その間も仕込みと洗い物は続き、
なんとか夜の営業にすべての業務を間に合わせる。
夜の時間は表にでて、カウンターから見えるところに立ち、
美しい盛り付けに没頭する。


料理を覚えることが出来るし、今までよりも食材に詳しくなり、
仕事に追われる感が私をわくわくさせた。


しかし、その店の調理場は男社会の戦場だった。
都内にいくつか店舗を持つチェーン店ではあったが、
料理にはこだわりのある店だったので、
アルバイトにも、もちもん高いレベルを要求される。


最初は出来ないのは当たり前。
そんな甘えは通用しない。


「なんだ、この切り方は。こんなぶっとい玉ねぎ辛くて食えねえよ!」
「そんな包丁の持ち方してっと、指なくなるぞ」
「野菜はすぐ水にさらさないと腐っちまうぞ」
「洗い物はやったのか?」
「他の仕込みは?」
「ごみ捨ては?」
「そんなちんたらやってっと夜に間に合わねえぞ!」


休みに入っていたので、朝から夜まで働く。
調理場の仕事を覚えたかったので、
予定はアルバイトでみっちり詰まっていた。


「何でそんなことも出来ねえんだよ!バッカじゃねーか!?」


繰り返し罵倒を浴びる毎日。
だんだん本当に自分はバカで何にも出来ないような気がしてきた。
というよりも、本当になんにもできなかった。


ホールスタッフで働いていたときは自信があった。
どんどん新しく入ってくる下の子たちに仕事を教え、
お客さんとふれあい、楽しんで頂く。
調理場の人も、私の仕事に信頼を置いてくれていた。
だからこそ料理長も調理場に入れてくれたのかもしれない。
期待に応えられていない。
それがなにより苦痛だった。


失敗しても取り戻せる「自信」。
いつでも明るく、笑顔でいられるのは「自信」の象徴だったのだ。


自信満々で頑張れば何でも出来ると思っていた私は、
そんなことがきっかけであっさり「自信」を失い、「挫折」をした。


心が折れた。


もちろんアルバイトはやめたりしなかったし、
毎日起きて、「生活」していた。


それでも、毎日理由無く涙が出た。


私は本当は何にも出来ないのかもしれない。
出来ていると思っていたことも、自分の思い込みだったのかもしれない。
なんであんなに「自信」を持って毎日を過ごせていたのだろう。


自信喪失。
それについての自問自答。


くりかえしても、同じところをぐるぐるするだけだ。
自分が信頼しているものも信用できなくなる。
当然だ。自分すら信用できなくなるのだから。


そんな状態が休みの間中続き、学校が始まってからも少し尾を引いた。
その後、結果としてわたしは回復した。


ここまで気持ちが落ちたのは、このことだけが原因ではなかったと思う。
ちょっとずつたれ流れていたものが、
溜まって満タンになって溢れ出したような感覚だった。


回復したのも同様に、すぐに絶好調になったわけではない。
少しずついろんな人と話をして、たくさんしくしくと泣いて、
湿った気持ちが時間をかけて乾いていった。
覆っていた雲が晴れ上がってゆくように。
きっかけは、自分を信頼してくれている人の存在を思い出したからだった。


それでも、わたしはこの事があって、本当に良かったと思う。


この後の方が、事象としては断然過酷な「挫折」があった。
でも一度落ちるとこまで落ちた人間は強い。
いくら沈んでも、生きていれば人には浮力がある事を知っているのだ。


今でもちょっとしたことがきっかけで心が折れそうになったり
じぶんはやっぱり出来ないやつなんだ、と思い知らされたり、
なんで落ちむのか‥と自問自答を繰り返したりする。


今じゃすっかり胃も弱くなり、
精神的に落ち込むとすぐに体調まで悪くなる。


上がったり落ちたり。
湿ったり乾いたり。
浮いたり沈んだり。


ぐるぐるぐる繰り返し、終わらない日々。
それが日常だ。


でも、わたしはその繰り返しが停滞とは思わない。
沈みが激しいほど、勢いに任せて1センチ多く浮くと思う。
両腕で抱え込んで沈めたビート版みたいに。


19歳の私は24歳の私より落ち込むことが少なかったと思うけれど、 
24歳の私は19歳の私より確実に上に向かって浮き上がっている、と思う。


29歳の私は24歳の私を想い、なにを思うのだろうか?
何も変わらなかったな、なんて思いたくない。


29歳の私は24歳の私より浮き上がっていなければならないのだと思う。
そうあるように、今があるのだ。